2015年M-1グランプリファイナリストとして脚光を浴び、クイズ番組やワイドショーのコメンテーターとして引っ張りだこのお笑いコンビ『メイプル超合金』のボケ担当・カズレーザーさん。
金髪に赤い衣裳が特徴的なカズレーザーさんの生い立ちと、家族構成に迫ってみました。
目次
カズレーザーの生い立ち
カズレーザーさんは、1984年7月4日に埼玉県加須市に生まれました。
本名は、金子和令(かねこ かずのり)です。
元号が平成から令和に変わった時期に、本名が『和令』だったカズレーザーさんは、ちょっとしたニュースになりましたね。
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カズレーザーさんの生い立ちを紐解いていきましょう。
カズレーザーの少年期~小説家を志していた少年が夢を諦めた一冊とは~
カズレーザーさんの小学校・中学校時代の様子はどのようなものだったのでしょうか?
カズレーザーさんの小学校時代
カズレーザーさんの出身小学校は、加須市立樋遣川(ひやりかわ)小学校です。
小さいころからヒーローものが好きで、特に、小学2年生のころにテレビで放送されていた『恐竜戦隊ジュウレンジャー』がお気に入りだったそう。
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このころからすでに、赤いものや服を身につけていたのだとか。
子どものころの夢は、漫画家とか絵を描く人。
漫画は、兄が買ってきた漫画を読んだり父親が好きな『ゴルゴ13』を読んだりと、世代より少し上の作品にも触れており、『ゴルゴ13』は今でも好きな作品なのだとか。
テレビ放送される映画をすべてVHSに録画をして観たりと、家での過ごし方は充実していたようです。
また、習いごとは一通りやってきたとのことで、少年野球・そろばん・学習塾に通っていたのだそう。
学校では同級生と休み時間に定規バトルに熱中したりと明るい少年だったそうです。
ちなみに、小学校時代、バレンタインデーにチョコをもらったことはない、色恋とは関係ない学校生活だった、とのことです。
カズレーザーの中学校時代
カズレーザーさんの出身中学校は、加須市立加須北中学校です。
カズレーザーさんは中学受験を経験していますが、「ためしに受けさせられた」と後に語っており、結果がどうだったのかわかりませんが、公立の中学校に進学しています。
中学校では、吹奏楽部でトランペットを担当。
クラスの委員は図書委員だったそうです。
現在も、年間200冊と言われる読書量を誇るカズレーザーさんの片鱗が見えますね。
中学時代は作家を目指していたそうですが、中学2年の時に読んだ、筒井康隆さんの『驚愕の曠野』を読み衝撃を受け、「こんな面白い文章を書けるわけがない」と作家になる夢を断念。
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絵は変わらず好きで、このころはアール・ヌーヴォーの代表的な画家・ミュシャがお気に入りだったそうです。
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現在も、趣味の一つに美術館巡りをあげており、芸人仲間と『ミュシャ展』に行った様子をSNSで見ることが出来ます。
カズレーザーの高校時代~現在のトレードマーク・赤い服で登校する日々~
カズレーザーさんの出身高校は、埼玉県立熊谷高校です。
熊谷高校は埼玉県北部にある男子高校で、自由な校風で制服がなかったため、カズレーザーさんは自分の好きな漫画『コブラ(作・寺沢武一)』の影響で全身赤い服を着て通学していました。
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あだ名はその姿から『レッド』だったということです。
とにかく『赤』にこだわり、高校の近所の喫茶店ではスパゲッティミートソースの大盛りを主に注文していたのだとか。
カズレーザーさんの赤い服と並ぶもう一つのトレンドマークである金髪も、高校時代からでした。
カズレーザーさんは『幽遊白書(作・冨樫義博)』を一番カッコいい漫画にあげており、この作品に出てくる鴉というキャラクター(当初は黒髪)が金髪になった姿に影響を受け、自身も金髪にすることにしたのだそう。
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最初は自分で染めていたようですが、大学で美容院に通い始めてからは美容院で染めているようです。
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学校では強面の応援団長と一緒にいることが多かったようで、自身の風貌も相まって、後輩からは怖がられていたようです。
男子校だったので、近くの女子高の生徒とコンパのようなことをしていたようで、初体験もこの時期に済ませているようです。
パソコンでラブホテルについてしっかり調べてから臨んだものの、田舎のラブホすぎて思っていたのと違う仕様だったようで、慌ただしく終わったと、後に笑いながら語っていました。
高校時代には、お笑い芸人になりたいという夢を抱いていたそうです。
カズレーザーの大学時代~さらば青春の光の東ブクロとコンビを組む~
カズレーザーさんの出身大学は、同志社大学 商学部です。
マーケティングを学んでいました。
第一志望は筑波大学で寄生虫の研究をしたかったようですが、センター試験で同志社大学の合格がもらえたことから気が緩み、ご本人曰く「(その他志望大学には)ボコボコ落ちた。」とのこと。
同志社大学に進学したカズレーザーさんは、喜劇研究会に入部。
同級生と『服毒ミッキーマウス』というコンビを結成し、2年の秋ごろまでそのコンビで活動をしていました。
その後、1学年下の後輩、東口宜隆さん(現・さらば青春の光 東ブクロ)と『フルハウス』というコンビを結成します。
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東ブクロさんは、入学後の新歓期にカズレーザーさんに喜劇研究会に勧誘されたようで、いきなり「入るんだろ?(自分のことは)レッドって呼んでよ。」と声をかけられたのだそう。
喜劇研究会でのカズレーザーさんの立ち位置は、東ブクロさん曰く「唯一的確なダメ出しをしてくれる人」で、みんなカズレーザーさんの意見を聞きたがっていたのだとか。
フルハウスは学内の大会では常に1位、学外の大会にも積極的に出場していて、M-1グランプリでは2年出場し2年とも1回戦落ちだったものの、ワッハ上方アマチュア演芸コンテストでは優勝という成績をおさめます。
カズレーザーさんから持ち掛けてきたお笑い事務所(ベースよしもとやナベプロ)のオーディションにも挑戦し始めたもののなかなか結果が出ず、カズレーザーさんが大学4年になったころ、東ブクロさんから解散を切り出したのだと言います。
カズレーザーさんは口には出さなかったそうですが、東ブクロさんとお笑いの道に進みたかったのではないかと思います。
大学4年のはじめに喜劇研究会を引退したカズレーザーさんは、研究会から完全に距離を置き、就職活動期に入ります。
就職活動自体は大学3年から周りと同じようにはじめていたようですが、服装自由と書いてあったバンダイの就職説明会に上下赤い服と腰まで伸びた金髪で参加し、当時の2ちゃんねるで「バンダイの就職説明会にシャアがいた」と噂になったそうです。
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その後、大手銀行に内定が決まったものの、「とにかく働きたくない」という理由で辞退。
このまま2007年3月に大学卒業となります。
ちなみに、カズレーザーさんと東ブクロさんは、お笑い芸人になってから仕事が一緒になったり飲みに行ったりもするそうですが、大学時代の話をすることはないのだそう。
東ブクロさんは、東ブクロさんからカズレーザーさんを振った形になったからではないか、と考察していました。
お笑い芸人カズレーザーとしての活躍
本格的にお笑い芸人を目指すことにしたカズレーザーさんですが、大学卒業後の4月に募集をかけているお笑い養成所などほとんどなく、この時期にまだ募集を続けていたサンミュージックのお笑いスクールTOKYO☆笑BIZの4期生として入学します。
スクールではコンビを組むことなくピンで活動しており、2009年にTOKYO☆笑BIZを卒業後、正式にサンミュージックに所属し、芸人として活動を本格的に開始します。
スクール時代から、ピンネタはとにかく受けていなかったそうです。
サンミュージックに所属してしばらくした頃、事務所から「専属タレントになって演歌歌手みたいな仕事をやらないか?」と声をかけられ、一回芸人を辞めていた時期があったと言われています。
ただ、歌が下手でにっちもさっちもいかなく仕事もなく、2年間やりたくない仕事をする生活を送った後、「もう一回芸人をやらせてください」と事務所に言って、芸人に復帰します。
カズレーザーさんはこの時期のことを、大人の甘い言葉にひっかかり芸人を辞めてしまった、人生の中で結構汚点。と後に語っています。
演歌歌手時代を経てピン芸人に戻ったカズレーザーさんですが、相変わらず滑り続けており、業を煮やした当時のマネージャーから「このまま滑り続けて〇ぬか、コンビを組むかどっちがいいんだ!」と言われ、2012年8月、別のコンビを解散してピンになった同じ事務所の安藤なつさんを誘い、メイプル超合金を結成します。
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当時なつさんは、芸人を辞めるつもりだったそうですが、カズレーザーさんからの熱心な勧誘に「こいつに賭けてみよう」という気持ちになったのだとか。
当初はカズレーザーさんとなつさんが2人でボケるスタイルだったそうですが、(なつさんの)容姿いじりは伸びしろが無いこと、太った方がツッコむ方が面白そうだという戦略で、現在の形になったと言います。
結成後の2015年、漫才協会主催の漫才新人大賞決勝進出、M-1グランプリ決勝進出と、大舞台で結果を出していき、知名度を全国区にしていきます。
現在はメイプル超合金での活動は少なくなり、カズレーザーさん単独でのクイズ番組出演やワイドショーのコメンテーターとしての出演、個人のYouTubeチャンネルや同じ事務所の芸人とのYouTubeチャンネルで、多くの人の支持を集めています。
カズレーザーの家族構成~元公務員でイチゴ農家の両親と兄・妹~
カズレーザーさんは、ご両親・兄・カズレーザーさん・妹の5人家族です。
ご両親や兄妹は、どのような人なのでしょうか。
カズレーザーの両親について
ご両親はともに公務員だそうで、イチゴ農家を経営しています。
公務員は農家を兼業できるため、現在も現役の公務員なのか、すでに退職をされているのかどうかはわかりませんでした。
カズレーザーさんの父親は、漫画『ゴルゴ13』が好きで柔道3段の腕前という、厳ついお父さんなのだそうです。
真面目な性格だそうで、メールを送るときは家族宛であっても件名を書くそうで、『懸念』という件名でカズレーザーさんに送ったメールには、息子がメディアで下ネタを言うことが多いことを嘆いていたのだとか。
真面目で固い父親ですが、「作りかけのジグソーパズルを残して外出していたらルンバに食われていた」と泣いてしまうなど、微笑ましい一面もあるようです。
カズレーザーさんの母親は、実家が群馬県館林市でイチゴ農家を営んでいるそうです。
そば打ちが好きで、カズレーザーさんの父親とともにイチゴを作っているようです。
ソファーの隙間に手を挟むのが好きなカズレーザーさんは、実家のソファーでそれをすると母親に怒られるそうで、カズレーザーさんにとって実家はくつろげる空間なのだなと感じさせるエピソードですね。
ご両親は、滑り続けるピン芸人時代もカズレーザーさんを応援し続けていたそうで、カズレーザーさんは、ご両親のことは好きだとはっきり公言しています。
カズレーザーさんは、もし芸人になっていなかったら、実家のイチゴ農家を継いでいただろうと語っているので、家族仲はよいのだろうなと思います。
カズレーザーの兄妹について
カズレーザーさんには兄と妹がいます。
カズレーザーの兄
兄の年齢はわかりませんが、4月29日生まれとのこと。業種はわかりませんが会社員のようです。
既婚者で、子供はカズレーザーのことが大好きなのだそう。
カズレーザーさんのことを家族総出で応援しているそうです。
カズレーザーさんがメディアに出始めてからは、「(兄は)赤い服を着ないのか?」などいじられることはあるようですが、弟が売れて有名になることは喜んでいるそうです。
カズレーザーの妹
カズレーザーの妹は「えみ」さんという名前です。年齢や職業はわかりませんでした。
えみさんは小さいころ、カズレーザーさんが実家の裏でとってきて銀の塗料を塗っただけのメスの小さいクワガタを「珍しいクワガタだ」と言われ、500円で売りつけられた過去があるそうですが、兄妹仲はよいそうです。
大人になってからもカズレーザーさんとえみさんは2人で出かけることがあるそうですが、カズレーザーさんのトレードマークである赤い服が目立つため極端に嫌いなのだそうです。
そのためカズレーザーさんは、えみさんと会うときは、後輩から赤以外普通のジーパンやパーカーを借りて着替えて会うのだそう。
兄妹3人の仲もよいらしく、3人でTDLに行くこともあるのだとか。
いつまでも仲の良い関係性でいてほしいですね。
カズレーザーさんは、お笑い芸人としての活動を応援してくれている家族とよい関係を築いているようですね。
カズレーザーさんの今後の活躍に注目です。